今年の釣り 1
2009年10月07日
10月2日(金)の夕方からマナウスから60キロ位離れたマモリーというところへ久々に釣りに行って4日(日)の夕刻帰って来た。
ネグロ河とソロモン河(アマゾン河)の合流地点を船で渡り、マイクロバスで1時間弱、さらに船で2時間、現地の宿に着いたのは夜の9時であった。
一行は駐在員、二世共々20名、大量の荷物の積み降ろしにも結構時間が掛かるが、荷物の積み降ろしは見ているだけで作業は現地の人々がやって呉れる。
ブラジルはチップ社会である。慣れないと自分でやりたくなるが、数量のチェックだけでしっかり見ていることが肝要であるのだ。
着いた宿は8畳ほどのロッジで2段ベット2セットの4人部屋、シャワー,トイレ、エアコン付きが8棟、私は某社駐在員のNさんと二人、この組み合わせで釣り船もずーっと一緒なのである。
メーンの建物の食堂もクーラー付きですこぶる快適、在アマゾン34年、野宿や現地人の家の軒先にハンッモックを釣らせて貰ったりの釣行と較べたら隔世の感がある。
しかし、宿が快適だからと云って魚が釣れるとは限らないのが釣りなのである。
こういう施設が成り立つと云うことはそれだけ需要があるということなので、魚も釣られているのである。ちなみに余りに快適なので「また来たい」云った人が多く聞いたら、すでに年内の週末祭日は全て予約で一杯とのことであった。
ここ数年、9月7日の独立記念日前後にツクナレ釣りを始めるのが習わしであったが、今年はマナウス港における107年の観測史上始めてという水位の高さ29.77メートルを7月2日に記録したため、一ヶ月間水位が下がるのを待っていたためである。
ちなみに過去の最高の水位は1953年の29.69メートルでここ107年の間に29メートルを超えたのは過去に3回しかない。
通常の年は27〜8メートル台で、少ない年は26メートル台の時もあり、港やポンタ・ネグロの駐車場は29メートルしかないので数十日間水をかぶっていたのである。
日本では大騒ぎになるところだが、マスコミが火を付けようとしても、悠久の大河アマゾンに暮らす人々は「さもありなん」と動じないのである。
騒いだのは河辺に住み、水が多いため作物が作付け出来なかったので政府の補助金目当ての一部の人々だけである。
そして来年は選挙の年であるので補助金はすんなりと出たようである。
1961年の移住資料を見るとマナウスに於ける年間降雨量は1900ミリ台であるが、ここ数年の年間降雨量は2200ミリ前後である。
今年の雨期(1〜6月)は異常に雨が多く年間降雨量3500ミリを記録していたので、これはすでに予想されていたことである。
翌朝は6時前に起床して、朝食を済ませて6時半出航。すでにメンバーの大半は出航済みであった。


同行メンバー(バックの茶色いものは枯れた水草で7月始めの水位を示す)と釣り場の風景
戦い済んで日が暮れて
夕刻宿に向かう途中目にした光景

塒の鵜の群れ、満水時この枯れ木は水没していた

右端の茶色いぶら下がりは満水時の痕跡である。

下の枯れ草は巣ではない。満水時引っかかった水草である

シラサギも同居
ところで釣れたかって?
アマゾンに於ける釣りは一人10キロプラス一匹という制限がある。
今回は20人なので200キロプラス20匹で計算上は250キロ位までは良いのであるが、全員で100キロには届かなかった。
同船者のNさんが4キロオーバーで初日はトップであったが、優勝は2日目に5キロオーバーを釣った人で、ワシは3キロ2匹、2キロ2匹の総重量10キロであったので、たしか4、5位であった。

3キロオーバーのツクナレ
またワシはキャッチ&リリースを認めないので全て持って帰り、その夜は刺身とペルー風マリネ、月曜はペッシュアーダ(アマゾン風ブイヤーベース)、本日はイタリア風ムニエルに調理して家族全員で自然に感謝しながらしっかりと喰ったのである。
2009年10月6日 ハシモト記
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