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2008年10月24日
今日はマナウスの誕生日でマナウスは祭日で休み。
ヨーロッパ文明を帯びた人々がマナウスに住み始めてから339年目ということらしい。
しかし博物館の敷地のすぐそばでインヂオの土器の破片等が見つかるので、マナウスにヒトが住んでいた歴史はもっと長いのである。
最初はマヌアラというインヂオが住んでいたのを、追い払いつつ開発されたのである。
ペリーが浦賀にやって来る2年前の1851年12月31日、かのウオーレスがマナウスに辿り着いたときのマナウスの人口は1500人くらいであった。
ゴム景気の時代に一時10万人を超えた街になったが、ゴムの衰退とともに街も衰退。
戦後、最初の日本人移民がマナウスに着いた1956年には10万人に満たなかった州都であり、正に地の果てという表現がふさわしかった。
1960年代末フリーゾーンになると人口が増え始め、1970年の半ばには60万人を超え、日系企業の進出する工業団地とともに栄え、現在は公称180万。たぶん200万人くらいの人々が25キロX25キロの市内にひしめいているのである。
ラテンアメリカで使われる電気製品とオートバイ等の大半がここで造られているのは、意外と知られていない。
何故密集しているのかと云えば、一応、電気、水道、電話、アスファルト道路、バス路線、学校、病院等が何とか機能しているのはここしかないからである。
ちなみに、日本の8倍の面積のアマゾナス州の人口は320万人である。
現在、世界の人口の半分は都市に集中している。今世紀後半には70パーセントの人々が都市に住むだろうと云われている。そういう意味では、マナウスはすでにそれを先取りしているのかも。
金曜日が休日ということは3連休になるので、市内の人の多くは街を離れ、100キロくらい離れたプレジデント・フィゲレードやマナカプールという街に向かったり、釣りに出かけたので、市内はガラガラである。
普段車で30〜40分かかるところが12〜3分で行ける。
実をいうとワシも釣りに出かけたいのだが、博物館がいまいちなのでふところが寂しく行けないのである。
釣りは経費の大半がガソリン代なのでガソリン価格の高騰の影響をもろに受けるのである。
2008年10月24日 記