再び釣りへ
2010年10月13日
9.10,11日と再び、ツクナレ釣りに行って来た。
最近は快適なロッジ(ベット、シャワー、クーラー付き)に泊まって釣りをすることが多かったが、
今回はアマゾン独特の船にハンモックを吊って寝泊まりをした。

中央の250馬力のアルミ船で合流点を渡る。

河辺の移動サーカス。
青いビニールシートの小屋はせいぜい100人くらいのキャパ。商売になるのかな?
15馬力の船外付きアルミのボートに二人一組で乗り込んで釣りをするのであるが、食事をしたり、
寝たりする船が、後からゆっくり付いて来るので、帰りを心配することなく、かなりの移動が可能になる。
夕食をしたり、寝ている間に船で別の場所に移動するので、毎日、違う釣り場で釣ることが出来る。

昨年泊まったロッジ。今年は予約出来ず。
釣れたかって?
はっきり云ってよい釣り場は、必ず、先行者が竿を出しており、アマゾンと云えども、魚の数より
人の数が多い。

釣り人を見つめるカワセミ
アメリカ、ヨーロッパはもとより、サンパウロ方面からも、多くの釣り人が来ている。
今年はアメリカ人の釣り人が半減しており、ブラジルの南の方のサンパウロやパラナ州からの釣り人が多い。サンパウロから、アマゾンに釣りに来ると、15〜20万円かかるが、多くの釣り人が来るということはブラジルの景気が良いことを反映している。
アマゾナス州政府の発表によれば、釣りの経済効果は毎年500万ドル以上とのことである。

カワウの群れ1
ブラジル国内の河川で釣りをするには、年間3,000円くらいのライセンス料がいるが、ワシは今年
65才になったので、年金生活者として無料である。

孤高のカワウ
昨今はライセンスを持っていても、地域によりキャッチ・アンド・リリースの規制があったり、環境保護の名目で1,000〜1,500円くらいの入漁料を徴収するところが増えている。

休息中のカワウ

船が近すぎたため、飛び立つ。ごめんね!
今、名古屋でコップ10 という環境保護の国際会議が開かれている。
種の多様性の保全という点では全会一致しているが、発展途上国や後進国の自然から、今後の人類に役立つ有用資源が見つかった場合、その利益配分をどうするかという点では見解が別れており、決着を見ることは当分出来そうにない。
開発には高い技術と多額の費用がかかるゆえ、多くは払えないと主張する先進国と、多くの犠牲を払って保護しているので、なるべく多く払えという後進国の欲望がぶつかりあっている。
加えて発展途上国のナショナリズムも絡んでいる。
日本政府の主張する「サトヤマ」という概念をどれほどの国が理解出来るであろうか?
地球の滅び行く自然を保護しようといういわゆるワシントン条約は美しく聞こえるが、すべて手遅れになった結果の弥縫策にしかすぎない。
いわゆる熱心な自然保護活動家という人々も、地球上のある種が滅び始めた時にしか活動を始めない。
そもそも、自然保護という発想そのものが間違いである。
また、自然との共生も間違いである。
我々は「大地の恵みに生かされている。」という謙虚さが必要である。
そういう意味では、「少々、穫っても減らない自然」というマタギの発想に学ぶことが多い。

警戒するシラサギ

船が近ずいたので飛び立つ
現在、日本人の47パーセントが、いわゆる都会に住んでいるが、今世紀半ばには、全地球の半分が都会に住むようになる。と云われている。
千昌夫の有名な唄に、田舎のおふくろさんからの「季節が都会では判らないだろう」という唄の文句があるが、都会で空調の利いた部屋に住んでいては、自然は理解出来ない。
都会とは自然を排除して人間に都合よく作られた「病院の集中管理室」状なものなのである。
自然は理屈で理解するものではなく、体で感じるものである。
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